2026年1月25日(日)、この日は南スラウェシでは北部に位置するマンクタナという町で朝を迎えた。
デモによる道路封鎖と重なってしまい、思うように進めずかなり行程に遅れが出ている今回のスラウェシ島旅。今日は当初行く予定だったポソ湖は飛ばすとして、その北側海岸沿いの町ポソまでは何としても行きたい。それはそうと現在滞在しているマンクタナのトモニ(Tomoni)地区、Google mapの情報によると木曜と日曜に定期市が開催されるらしい。ちょうど今日は日曜日ということで、せっかくなので出発前に見学しておくことに。5時頃起きて6時前に行ってみた。
するとこの時間、まだ準備中のところも多いが生鮮品売り場はまずまずの賑わい。
こちらはインドネシア料理ではよく出てくる厚揚げ売るお店。
特別珍しいものはないけれど、こういう昔ながらの市場に身を置くのはそれだけで楽しいものだ。
そんな中でうまそうだった揚げ物を朝食に買って帰った。揚げバナナ3個と、何かはよくわからない丸い揚げ物2個で3000ルピアと激安。
部屋に戻ってコピと一緒に食べる。丸い揚げ物は揚げの中に春雨炒めが入った、巾着のようなものを揚げた天ぷらだった。
さて、ポソまでは200km以上あるのですぐに荷物を纏めて7時過ぎに出発。ただ、ポソに行きたいと言っても何の当てもないので、人に聞きながらひたすら歩き回る。それによると現在はデモ中のためバスは運行されておらず、乗り合いタクシーで行くことになりそう。
その乗り合いタクシーもどこで拾えるのかはっきりしないが、ターミナルだという人が多かったのでとりあえずターミナルに行ってみることに。ここはターミナルと言っても既に廃止されており、現在は横のモスクの駐車場として使われている模様。
そこにある軽食屋の東屋が地元のおじさんの溜まり場になっており、聞いてみるとポソ行きのタクシーは「アダ(ある)」とのこと。勧められるままにコピ(5000ルピア)を飲みながら待つことにする。
しかし「まあ座って待っていろ」というジェスチャーにこれは何とかなりそうと安心して待っていたものの、待てど暮らせどやって来ず 。たまに来ても満席で通り過ぎていくばかり。そうして待つこと約5時間、お昼前になったところでここで待つのは諦めた。
その軽食屋でおこわとナシクニンのコンボ(10000ルピア)を掻き込んで昼食とし、トモニ地区から6kmほど南に戻ったタレンゲ(Tarengge)というところに行ってみることにした。
タレンゲはハイウェーが中スラウェシ方面と南東スラウェシ方面に分かれる三差路になっており、乗り合いタクシーの乗客の入れ替えが行われると読んだ。たむろしていたオジェの運転手が20000ルピアで行くと言ってきたが、待ちくたびれて癪に障ったので歩いて行く。
そうしてトボトボ歩いていると、捨てる神あれば拾う神あり。釣り具となぜかマシンガンを持った2人組の青年がバイクに乗っていけと言う。ありがたく乗せてもらうことにして、バイクに大人3ケツであっという間にタレンゲに着くことができたのだった。ありがとうございます!
そこからもう一つ幸運が続いて事態は急展開。たまたま最初に声を掛けた人が運転手で、ポソには行かないがそのかなり先のパギマナ(Pagimana)に行くと言う。ここからはK字型の右斜め上に伸びる手の部分の北海岸をポソ、アンパナ、パギマナと移動するつもりだったので迷ったが、言い値500000ルピアが300000ルピアになったところでパギマナ行きを決意。
Kの手のほぼ先端に位置するパギマナまでは500km以上あるので、500000ルピアでも妥当だとは思ったが、この先細かく刻んで移動するにしても車の手配にいちいち手間取りそうだし、300000ルピアで行けるならもう一気に行ってしまおうとなったのだった。
せっかくこんなところまで来てポソやアンパナ、もっと言えばポソ湖も省略してしまうのは何とも勿体ない気がするが、また次回の楽しみに取っておくのだと思えば、未練を残しておくのも悪くないと思えた。
その後中に積んであった荷物を屋根に括りつけて最後列の1席分を確保してくれた。14:15タレンゲを出発。
横に荷物が迫って窮屈ではあるが、中列は3人掛けで座っていることを考えるとまだマシか。
マンクタナを出てしばらく北上すると、やがてスラウェシ中央山間部の山越えとなる。曲がりくねった道を進んでいった。路面は所々舗装が波打ったり、穴が開いたりはしているけど概ね良好。
16時半頃、一旦少し下ってポソ湖南岸の町ペンドロで最初の休憩。ペンドロは一昨日着いているはずだった町なのだが。。。
同行者の親子。ここではコピを飲んだが、会計は同乗のおやじさんが持ってくれた。ありがとうございます!
その後も何かと気を遣ってくれたり、差し入れをくれるのであった。これは中にソーセージやカマボコみたいなものが入ったフライ。
やがて日が暮れて、20時頃南北に長細いポソ湖北岸の町テンテナ(Tentena)の手前で夕食休憩。
何があるのかいろいろ聞いてみたけど、結局アヤムゴレン一択で選択の余地なし。ただ鶏肉を揚げただけで塩っけも何もなくいまいちな上、40000ルピアと高くてがっかりだった。今のところスラウェシ島の食堂ならどこにでも置いてある、例の黒いケチャップをたっぷりかけて流し込んだのだった。
そして日付けが変わった頃、また休憩かと思ったら運転手夫妻は道端の食堂の横にある東屋でごろ寝。どうやらここはトラック野郎ほか、旅人の仮眠場所になっている様子。仕方なく私も一緒にごろ寝。ずっと狭い車内で過ごすよりはマシか。どうやら今回も長い移動になりそう。
























